「実感できる仕事がしたい」——転職を決めた理由
まず、退職代行を使うことになった経緯を、最初から順番に話させてほしい。
新卒で入った会社は、化学系の専門商社だった。独立系のそこそこ大きな企業で、配属は営業部。外国語大学出身の僕にとって、化学の知識はゼロに等しい。液体、粉末、樹脂、触媒——最初は自分が何を売っているのかすら、正直よく分かっていなかった。
仕事は、お世辞にもスマートとは言えない営業だった。接待もあった。業界知識は追いつかない。怒られない日はほとんどなかった。それでも、先輩たちの指導には厳しさの中に確かな愛情があった。「お前を一人前にしてやる」——その気持ちが叱責の奥にあることだけは、入ってすぐに分かった。おかげで、営業マンとしての基礎体力は2年間でしっかり身についたと思う。
ただ、心のどこかでずっと引っかかっていたことがあった。
化学品の商社が扱うのは、BtoBの原料や素材が中心だ。目の前のお客さんには届くけれど、それが最終的にどんな製品になって、誰の手に渡って、どう喜ばれているのかが全く見えない。もっと「自分がこの商品を届けたんだ」と肌で感じられる仕事がしたかった。
それに加えて、漠然とした危機感もあった。このままBtoBの商社営業を続けていて、10年後の自分は通用する人材でいられるだろうか。これからの時代、IT業界で何かしらの力を身につけておくことが、市場価値を維持する唯一の道なんじゃないか——そんなことを考え始めていた。
想いが重なって、2年目の終わりに転職活動をスタートした。
Wantedlyで出会った「理想の会社」
転職先を探していた時、Wantedlyである求人が目に留まった。
渋谷にあるEC・マーケティング系のITベンチャー。自社で美容製品を企画・製造し、オンライン販売と卸の両軸で事業を展開している会社だった。IT企業でありながら、自社で「モノ」を作っている——まさに僕が求めていた「実感できる仕事」そのものだった。
カジュアル面談に行ってみると、印象は最高だった。担当者はとても朗らかで、「やる気があるなら来なよ!うちに合ってると思う」と、まるで僕を特別な人材として見てくれているような歓迎ぶりだった。持ち上げてもらえている感覚が、当時の僕には心地よかった。年収は前職から少し上がる程度だったけれど、条件よりも「ここでやりたいことができる」という期待感のほうがずっと大きかった。
迷うことなく入社を決めた。
いま振り返って、あの頃の自分に一つだけ伝えられるとすれば——
いま思うこと
最初の半年は、たしかに手応えがあった
入社して最初の数ヶ月は、悪くなかった。むしろ、良かったと言っていい。
ちょうどコロナ禍と重なっていて、メインの美容製品の営業は難しい局面もあった。対面での商談が減り、百貨店の売上も落ち、業界全体に逆風が吹いていた時期だった。そんな中で、僕は社内にあった別の商材に目をつけて提案するアプローチを取った。これがハマって、少しずつ数字が作れるようになった。
「自分の工夫で売上を立てている」——その手応えがあった。前職の商社時代には味わえなかった感覚だった。上司も、このタイミングでは「よくやってるね」と声をかけてくれた。
来てよかったかもしれない——素直にそう思えていた時期だった。
でも、この穏やかな時間は長くは続かなかった。
半年を過ぎた頃、空気が変わった
変化は、入社から半年ほど経った頃に始まった。
直属の上司と、その上の女性役員。この2人がある大手エンターテインメント企業の出身で、ヒエラルキーが絶対的なカルチャー をこのベンチャーにも持ち込んでいた。役職が上の人間が発した言葉は、それが正論であるかないかに関わらず、その場で絶対となる。反論は許されない。
最初は小さな違和感だった。自分が何か提案しようとすると、途中で言葉を遮られる。
「いや、それはだめだわ」
「あんた、そこじゃないんだよ」
提案の中身に入る前に、言い方や言葉の選び方で弾かれる。「なぜダメなのか」の説明はない。「だめだわ」 の一言で会話が終わる。
最初のうちは「自分の説明が下手だからだ」と思って、話し方を工夫した。結論から話す、数字を添える、相手の興味を引くフックを用意する。でも、何をどう変えても反応は同じだった。提案の内容ではなく、存在そのものに「だめ」のスタンプ が押されている感覚に近かった。
半年を過ぎた頃から、状況は加速度的に悪化した。チームの前で詰められることが日常になった。週次のミーティングで数字の進捗を報告すると、数字の良し悪しに関わらず、必ず何かしらの粗を探して指摘された。周囲の反応は——笑っているか、見ないふりをするか、のどちらかだった。誰も助けてくれなかった。助けられる側になることを、皆が恐れていた。
もちろん、僕にも原因はあった。美容業界のコネも知識も浅い。前職の商社の営業スタイルとは勝手が違う。ベンチャーは大手と違って制度も整っていなくて、自分で切り開かなければ居場所がない。「0→1で作りに行かないと存在価値がない」——そういう空気が常に漂っていた。
数字が出ない。出ないから詰められる。詰められるから萎縮する。萎縮するからさらに出ない。
悪循環
今でも思う。全部が上司のせいだとは思っていない。実力不足は確かにあった。ただ、それは 「指導」で解決すべきことであって、「否定」や「罵倒」で解決するものではなかった はずだ。
一度は自分で「辞めます」と伝えた
11月のことだった。限界が近づいていた。有給を使う日が増え、朝ベッドから起き上がるのに1時間かかるようになっていた。
ある平日の夜、僕は上司にメールで退職の意思を伝えた。対面で言う勇気がなかった。文面は覚えていないけれど、できるだけ事務的に、感情を乗せないように書いたつもりだった。
翌朝、僕が家を出ようとすると、携帯が鳴った。上司からだった。
「どうしたのよ〜?あんた大丈夫?ちょっと話しようよ、今どこ?駅まで迎えに行くから」
少し経って、本当に車で迎えに来た。仕事中にはあれだけ否定してくる人が、この時ばかりは心底心配してくれているように見えた。助手席に乗せてもらい、カフェに連れて行かれた。
そこで、思いの丈をすべて話した。否定されるのが辛いこと、会議が怖いこと、数字が出せないのは自分の責任だとは思っているけど、言い方があるんじゃないかと思っていること。
上司は静かに聞いてくれた。最後に、こう言われた。
その言葉にほだされて、残ることを決めてしまった。帰り際、会社の近くで降ろしてもらった時、胸のつかえが取れた気がしていた。
一時的に上司の態度は柔らかくなった。声のトーンが落ち着き、「だめだわ」が減った。でも、それは本当に1ヶ月だけだった。年が明ける頃には、何も変わっていなかった。毎日の否定。チーム前での叱責。僕のメンタルは、11月の相談前よりもっと悪い場所に戻っていた。
そして今度は、もう自分からは言い出せなくなっていた。
一度引き止められている。あの時優しくしてもらった恩がある。でも状況は何も変わっていない。この矛盾に、体が完全に動かなくなった。
京都旅行と、帰りの新幹線
12月初旬、友人と京都旅行に行った。1泊2日の短い旅だった。
正直、旅行を楽しむ余裕はほとんどなかった。辛いことを忘れたくて、頭を空っぽにしたくて、無理やり笑っていた気がする。嵐山の紅葉を見ても、伏見稲荷の鳥居をくぐっても、心の真ん中に鉛のような重さがずっと居座っていた。
帰りの新幹線で、友人にすべてを話した。
これまで誰にも——同僚にも、親にも、他の友人にも言えていなかったことを、その車中で2時間かけて話した。友人は何も言わずに、最後まで聞いてくれた。話し終わった時、窓の外はもう真っ暗になっていた。
一言、こう言われた。
東京駅で別れて、家に帰ってきた。玄関のドアを閉めた瞬間、何の前触れもなく涙が出た。
「あ、俺もう無理かも」——声に出して、自分の耳で聞いた。
楽しかった旅行が終わって、明日からまたあの場所に行くのか。何も悪いことをしていないのに、また否定される。あの空気の中に、また戻るのか——。
なぜ「退職代行Jobs(ジョブズ)」を選んだのか
泣き止んだ後、ベッドに座ってスマホを開いた。
最初はXとInstagramで「退職代行 体験談」と検索した。2021年当時は、退職代行サービスの情報自体がまだ少なかった。SNSには断片的な投稿しかなく、「実際に使った人の話」がほとんど見つからなかった。利用者の生の声を聞いて安心したかったのに、それは叶わなかった。
次にGoogleで「退職代行」と検索した。検索結果の一番上に出てきたのが退職代行Jobsだった。
サイトを開くと、料金が最初に書いてあった。27,000円。税込。追加費用なし。
他のサービスも軽く見てみたけれど、料金が書かれていないサイトや、「詳しくは問い合わせから」という作りのサイトも多くて、当時の僕にはハードルが高すぎた。LINEで相談できる明朗会計のサービス——それだけで十分、選ぶ理由になった。
退職代行Jobsを選んだ決め手
- 「退職代行」でSEO検索した時に一番上に表示されていた
- 料金が27,000円と明確に書かれていた(他社は不明瞭なところも多かった)
- LINEで24時間相談できた(深夜でも繋がる安心感)
- 顧問弁護士指導のもと労働組合と連携している体制で、法的にもしっかりしていそうだった
27,000円という金額について、少しだけ補足したい。普通に考えれば、そこそこ高い。カレンダーに印をつけるような贅沢はできない金額だ。
ただ、「今のこの毎日から抜け出せるなら安い」——それがあの夜の僕の正直な感覚だった。毎朝1時間かけてベッドから這い出して、通勤電車で動悸がして、会社に着いたら叱責が待っている。その日々が27,000円で終わるなら、高くはない。もっと言えば、健康でいられることのほうが、ずっと価値があった。
✓ 筆者が実際に利用したサービス
退職代行Jobs(ジョブズ)
¥27,000 / 顧問弁護士×労働組合連携 / 24時間即日対応
その夜、退職代行にLINEした
転職活動はしていなかった。次のあてもなかった。貯金も、胸を張れるほどではなかった。
それでも、もう無理だった。
半信半疑だった。「こんなので本当に辞められるのか」「LINEで連絡して、プロに繋がるのか、そもそも人が出てくるのか」——いろいろ疑った。でも、その夜だけは 「これを使ってでも楽になりたい」 という気持ちが、あらゆる疑いを上回った。
京都から帰ってきたその夜——日曜の22時すぎに、退職代行JobsのLINEに相談を送った。
文面は、震える指で、何度も書き直して作った。「会社を辞めたいです。パワハラに遭っています。月曜朝から出社できません」。そんな内容だったと思う。
送信した瞬間、頭のどこかで 「これで明日からあそこに行かなくていい」 という感覚が確かにあった。不安はあった。でも、その不安よりも、解放の予感のほうが大きかった。
翌朝、すべてが終わった
月曜の朝。普段なら憂鬱で動けない時間帯が、その日は妙に静かだった。
日曜夜に送ったLINEには、その晩のうちに担当者から返信が来ていた。必要な情報を聞かれ、銀行振込の案内が来て、支払い確認後に翌朝対応する旨が伝えられた。僕は振込を済ませ、眠れないまま朝を迎えた。
朝9時。退職代行Jobsの担当者から、会社へ電話を入れる旨の連絡が来た。
その間、僕は 家でじっと寝ていた。布団の中で、スマホを握りしめたまま動けなかった。「会社から直接連絡が来るんじゃないか」「上司から個人的に電話が来たらどうしよう」——ドキドキが止まらなかった。
10時すぎ、LINEに通知が来た。
会社からの連絡は、来なかった。上司からも、同僚からも、役員からも、誰からも。
「あ、これで退職したんだ」——本当に、あっけなかった。
でも、身体が急に軽くなった感覚は、今でも鮮明に覚えている。胸の奥でずっと石になっていた何かが、すうっと消えた。
その瞬間
結局、出社は一度もしなかった。PCや社用品は後日まとめて郵送で返却。会社のロッカーに残っていた私物は、同期の友人にお願いして取りに行ってもらった。すべてが、家にいたまま完結した。
有給消化の件も、離職票や源泉徴収票の送付依頼も、すべて退職代行Jobs経由でやり取りしてもらえた。僕が会社と直接連絡を取ることは、退職日までに一度もなかった。
退職当日の流れ(実録)
日曜 22:10
LINEで相談開始
日曜 22:45
担当者から返信
日曜 23:30
銀行振込で27,000円を支払い
月曜 9:00
退職代行Jobsが会社へ電話連絡
月曜 10:15
退職成立の報告がLINEに届く
後日
郵送で社用品返却・離職票受取
親に退職を伝えた日のこと
退職が成立した翌日、実家の母に電話をかけた。
正直、電話をかけるまでが一番怖かった。30近い息子が、2年で転職した会社をさらに1年足らずで辞めた。しかも、自分で伝えられずに代行を使った——親にとっては、心配と落胆の材料にしかならないんじゃないかと、ずっと思っていた。
深呼吸して、電話をかけた。
事情を一通り話した。上司から毎日否定されていたこと、メンタルがもたなくなったこと、自分では辞めると言えなくて退職代行というサービスを使ったこと。
母は、黙って最後まで聞いてくれた。そして、こう言った。
それだけだった。説教も、なぜもっと早く言わなかったのかという問い詰めも、次はどうするのかという詰問もなかった。
電話を切った後、また涙が出た。今度は、悲しい涙じゃなかった。
後になって知ったのだが、母は僕の変化にうっすら気づいていたらしい。帰省した時の顔色、電話の声のトーン、LINEの返信の遅さ。「もう限界なんじゃないか」 と、心のどこかで覚悟していたそうだ。
家族に話す前の不安は、だいたいの場合、話した後には溶けていく。事後に「もっと早く相談すればよかった」と思うことは多いけれど、事前に「話したら軽蔑される」と思い込んでしまうのが人間だ。その気持ちは痛いほど分かる。ただ、もし同じ状況にいる人がこの記事を読んでいるなら、ひと言だけ言いたい。親は、たぶん、思っているより強い。
✓ 筆者が実際に利用したサービス
退職代行Jobs(ジョブズ)
¥27,000 / 顧問弁護士×労働組合連携 / 24時間即日対応
退職して、エンジニアになった
退職直後、最初に感じたのは圧倒的な解放感だった。
「明日のことを考えなくていい」——たったそれだけのことが、こんなにも気持ちを軽くするのかと、自分でも驚くくらいだった。朝も普通に起きられるようになった。ご飯が美味しく感じるようになった。夜、布団に入ってから眠るまでの時間が、明らかに短くなった。
友人と家族に退職を報告し、一旦実家に帰ることにした。東京の部屋は引き払わずそのままにして、1ヶ月間、ほとんど何もしなかった。映画を観て、本を読んで、昼寝をした。何もしないことが、これほど大切な時間だとは思っていなかった。
コロナ禍ということもあって、次に働くなら リモートでできる仕事がいい と考え始めた。辞めてから数週間、ぼんやりと次に何をするか考えていた。
ちょうどその頃、プログラミングスクールの広告を目にすることが増えていた。以前、HTMLで簡単なサイトを作って遊んだことがあったし、「食べログみたいなサービスを自分で作れたら面白いだろうな」と漠然と思っていた時期もあった。
4ヶ月間、プログラミングスクールでフルコミット学習した。朝起きてから寝るまで、ずっとコードを書いた。営業時代には感じたことのない集中力が出た。誰にも怒られない環境で、自分のペースで進める勉強は、こんなに気持ちがいいものなのかと思った。
その後、約2ヶ月間の転職活動を経て、自社開発の会社にエンジニアとして入社できた。面接で退職代行のことを聞かれたことは、一度もなかった。
今もエンジニアとして働いている。リモートと出社のハイブリッド勤務で、通勤ラッシュに揉まれる日は週に数回だけになった。あの頃とは、生活が根本から変わった。
「退職代行は甘え」と言う人へ
退職代行を使った話をすると、たまに「それって甘えじゃない?」と言われることがある。面と向かってではなくても、ネットのコメント欄でよく見かける論調だ。
だから、この記事の中で一つだけはっきり書いておきたい。
僕の結論
考えてみてほしい。朝から晩まで人格を否定される場所に、半年も1年もいたらどうなるか。最初はガードを上げていた心も、だんだん薄くなっていく。「自分が悪いのかもしれない」「辞めたいと言うのも筋違いかもしれない」——そう考えるようになる。これは、甘えではない。正常な防衛反応だ。
そして、退職は本来、労働者に認められた権利だ。民法627条で、期間の定めのない雇用契約は、申し入れから2週間で解除できると定められている。会社に許可をもらうものではない。本来、退職代行を使うまでもなく、辞めると言えば辞められる。ただ、それを言える環境にない人がいるから、退職代行というサービスが成立している。
「甘え」と言う人は、たぶん、一度もその状況に追い込まれたことがない人だ。追い込まれた経験があれば、安易に他人の選択を「甘え」とは呼べない。
僕自身、使う前は 「自分で言えないなんて情けない」 と何度も思った。でも、使った後になって分かったことがある。使うことよりも、あの環境にさらに1ヶ月留まることのほうが、ずっと危険だった ということだ。
心が壊れきってしまう前に、手段を選ばずに脱出することは、恥ずかしいことじゃない。むしろ、自分の人生を大切にしている証拠だと思う。
退職代行Jobsを使って良かった点・気になった点
一連の体験を踏まえて、退職代行Jobsを使ってみて感じたことを、良かった点と気になった点の両方から正直に書いておく。
良かった点
- 料金が明確で、追加費用がなかった — 27,000円以外の請求は一切なかった。これは申し込む前の不安を大きく減らしてくれた
- LINEでのやり取りが速い — 日曜夜の相談に、30分以内で返信が来た。深夜でも動いてくれている安心感があった
- 当日朝の対応が本当に翌朝だった — 「即日対応」と謳うサービスは多いが、本当に日曜夜→月曜朝で完了したのはありがたかった
- 会社からの直接連絡が完全にゼロになった — 退職代行Jobsが「今後の連絡はすべて当方を通してください」と明言してくれたおかげ
- 有給消化・離職票・源泉徴収票の手続きもすべて代行してくれた — 自分で会社と連絡を取ることは一度もなかった
気になった点(正直に)
- 担当者の返信は早いが、テンプレっぽい部分もあった — もちろん効率重視のサービスなので当然といえば当然だが、「寄り添ってほしい」気持ちが強い人は少し物足りなく感じるかもしれない
- 支払い方法が銀行振込のみだった(当時) — クレジットカードや後払いに対応していなかった。現在は支払い方法が増えている模様
- 労働組合連携タイプなので、会社との交渉が必要な案件では弁護士事務所のほうが強い — ストレートに「退職」を完遂したい僕のケースには十分だったが、未払い賃金の請求や損害賠償請求まで踏み込みたい人は弁護士対応の事務所を検討したほうがいい
総合すると、「退職を成立させる」という一点において、期待通りの仕事をしてくれた サービスだった。感情的に寄り添ってくれる友人のような存在ではないけれど、プロとして退職を完遂してくれる。これを求めて申し込んだのだから、満点に近い。
いま振り返って、もう一度あの状況に戻ったとしても、同じ選択をする。
迷っているあなたへ
ここまで読んでくれたあなたは、たぶん、今まさに迷っている人だと思う。
最後に、正直な気持ちを書いておく。
お世話になった人に何も言わずに消え去るのは、本来、良いことではない。できることなら、自分の言葉で伝えるべきだと、今でも思う。それが社会人としての礼儀だし、自分自身の区切りのためにもなる。
ただ——
自分で言えないのは、甘えでも弱さでもない。環境がそうさせているだけだ。
もしあなたが20代なら、まだまだやり直せる。次の就活は簡単じゃないかもしれない。未経験の業界に飛び込むなら、しんどい時期もある。でも——
伝えたいこと
退職は、終わりじゃない。次のキャリアの始まりだ。
今日の夜、眠れない時間があったら、まずはLINEで相談だけしてみるのも一つの手だ。相談したからといって、その場で契約しないといけないわけじゃない。「こういうサービスがあって、こういう手順で進むんだ」と知るだけでも、明日からの空気は少しだけ変わる。
無理しないで。あなたの人生は、あなたのためにある。